移転価格税制は、多国籍企業による税逃れを防止し、公平な税負担を実現するための重要な税制です。
2023年6月から施行された法人税法でも、移転価格税制の対象者や具体的な条件、手続の内容等について定められています。そこで、遵守すべき移転価格税制とはどのようなものなのかについて解説します。
移転価格税制とは
移転価格税制とは、多国籍企業が関連会社間での取引価格を不当に低く設定することで、課税所得を移転し、税金を逃れるのを防ぐための税制です。
移転価格税制においては、多関連会社間で行った取引を、「独立企業間価格」で行ったものとみなして課税所得を計算します。独立企業間価格とは、独立した第三者間との取引において一般的に用いられる価格のことを言います。
なぜ移転価格税制が必要とされるのか、具体例で確認します。
【設例】
- 日本で飲料メーカーを営んでいるA社があります。
- A社は日本国内で製品を製造し、販売も自社で行っています。
- A社はドバイにも子会社B社を有しており、日本と同様の飲料を販売しています。
- A社の主要商品である清涼飲料水は一本あたり原価50円、小売価格は200円で販売されています。
- B社では製品の製造は行っておらず、日本から仕入れ販売のみを行っています。
B社はA社から仕入れた際にA社の利益が乗っていることから、A社が販売時にいくら利益を乗せるかによって利益額が異なります。
- A社からB社に1本80円で販売する場合、A社の利益は80-50=30円、B社の利益は200-80=120円
- A社からB社に1本80円で販売する場合、A社の利益は180-50=130円、B社の利益は200-180=20円
全体としては同じ150円の利益ですが、親子会社間の振替価格によって利益がどちらの国に帰属するかが異なります。これには何か問題があるのでしょうか?
ここで視点を変えて、課税する側の立場で考えてみます。
日本は、日本で得た所得に対して課税することができますが、UAEで得た所得に対しては課税することはできません。UAE側も同様です。つまり会社間の振替価格という企業の一存によって、各国の税金の金額が大きく異なる結果になってしまうのです。
さらに企業側の立場でも考えてみます。
日本の法人実効税率は約35%程度であり、UAEでは9%となっています。
グループ全体としては同じ利益であっても、どちらの国で利益を計上するかによって納税額が大きく変わってきます。今回のケースで言うと、手残りを増やすためには税率の低いB社で利益を上げるため、内部振替価格を高くするという結論になります。
このように国から見ても企業側から見ても、子会社や関連当事者などが振替価格を自由に決められることを無制限に許可した場合、合理性や公平性を欠いた取引となってしまいます。
こういった取引価格の決定にかかる恣意性を排除し、関連当事者に対しては通常の第三者と同様の価格になるように販売価格を決定することを定めています。この価格を「独立企業間価格」と呼び、独立企業間価格をもって取引するように定めている法律を「移転価格税制」と呼んでいます。
独立企業間価格の決定方法について
独立企業間価格決定するにあたり、その決定方法は一つだけではありません。
先ほどの清涼飲料水の例で言うと、日本で製造した商品に輸送代などのコストを加算した金額を内部振替価格にするという考え方もあれば、他社の類似商品を仕入れた場合の価格を参照し価格を決定する方法もあります。
このような値決めは商品の性質によって異なるため、単一の計算方法が定められているわけではありません。具体的には以下で示すような計算方法の一つもしくは複数を選択し、その組み合わせた金額を振替価格として決定することが一般的です(法人税法第34条3項)。
【独立企業間価格の算定方法】
- 独⽴価格⽐準法
- 再販売価格基準法
- 原価基準法
- 利益分割法(⽐較利益分割法・寄与度利益分割法・残余利益分割法)
- 取引単位営業利益法
上記のいずれの方法も実態を適切に示さないということが明らかである場合、これ以外の算出方法を適用することもできます(同条4項)。
なお、日本では上記と同様の価格算定方法を取っているほか、令和元年度よりDCF(Discounted Cash Flow)法による方法も採用しています。これは『BEPSプロジェクト「移転価格税制と価値創造の⼀致」』の一環であり、今後UAEでもBEPSが取り入れられていくにつれて採用される可能性があります。
関連当事者及び関連者の範囲について
取引の当事者が以下のような「関連当事者」「関係者」の条件を満たす場合、価格決定において重要な意思決定権限があるものとみなされ、移転価格税制の対象となります。
それでは、関連当事者と関係者にはどのような者が範囲に含まれるのか確認します。
関連当事者の範囲(法人税法第35条)
以下の条件の少なくとも1つを満たす場合は、関連当事者(Related Parties)に該当します。
- 四親等以内の血族または系列関係にある自然人(養子縁組や後見人も含まれる)
- 自然人および法人で、自然人が(単独で、または関係者を通じて)直接または間接的に法人を所有している(すなわち、50%以上の持分を有している)場合。
- 自然人(単独であるか、関係者と共にあるかを問わない)が法人を直接的または間接的に支配している場合。
- 法人が2つ以上あり、そのうちの1つの法人が(単独で、またはその関係者とともに)他の法人を直接的または間接的に所有している(すなわち、50%以上の持分を有している)場合。
- 法人が(単独であるか関係者との関係であるかを問わず)、直接的または間接的に他の法人を支配している場合
- 直接的または間接的に50%以上の所有権を有する者、または2つ以上の法人を支配する者
- 個人およびその恒久的施設
- 法人化されていないパートナーシップのパートナー
- 信託または財団の受託者、設立者、設定者、受益者、およびそれらの関係者
なお、ここで記載する「支配」とは以下のように定められています。
- 他の法人の議決権を50%以上保有すること。
- 法人の取締役会の50%以上の構成を決定できること。
- 法人の利益の50%以上を得る権利があること。
- 法人の業務および事業運営に対して重要な影響力を行使する能力を有すること。
関係者の範囲(法人税法第36条)
以下の条件の少なくとも1つを満たす場合は、関係者(Connected Persons)に該当します。
- 法人のオーナー(株主)
- 法人の取締役または役員
- 上記のいずれかの4親等以内の親族またはその関係者
移転価格税制に関して求められる対応
一定の収益を超える事業者は、移転価格について検討した旨の文書(すなわち、マスター・ファイルとローカル・ファイル)を作成することが求められています。具体的には以下の条件をいずれも満たす法人が該当します。
- 単体の収益(売上高)が2億AEDを超えている。
- 連結グループ全体の収益(売上高)が31億5,000万AEDを超えている。
本書類は、要請後30日以内にFTAに提出しなければならず、同様にFTAは納税者に対し、要請から30日以内に追加の裏付け情報を提出するよう求めることができることになっています。
マスター・ファイルおよびローカル・ファイルに記載される内容に関してはまだ具体的には定められていませんが、公開協議文書の一部としてMoF(Ministry of Finance, 財務省)が以前に開示した情報によれば、その要件はOECDの基準にほぼ沿ったものとなる見込みです。
まとめ
移転価格税制は、関連当事者や関係者の判定、独立企業間価格の算定方法など、非常に検討する範囲が広く、また判断が大きく介在する部分になります。
さらに税務上問題が生じた際の金額的影響も非常に大きいため、移転価格税制文章化の義務対象ではなかった場合であっても、慎重に検討し、必要に応じて文章を残しておく必要があります。
移転価格税制の適用について、不明点や専門家に相談したい方はお気軽に当会計事務所までご連絡ください。
